【パトレイバーに出てくる会社】篠原重工とは?歴史を解説

 

パトレイバーを触れた人なら必ず知ってる「篠原重工

でも、篠原重工がレイバー作る前、何をやっていたかご存知ですか?

今回は、篠原重工の歴史を解説していきます!

ぶっちゃけ本編に繋がる話ほぼ無いので、マニアの方だけ読んでください(笑)

有限会社篠原鉄工所

設立は1945年、戦後に起業した会社です。

創設者は「篠原 雄高ゆたか」、遊馬のお爺ちゃんです。

事業が軌道に乗り始めたのは1950年、「豊幡(トヨハタ)自動車」と取引を開始したところから。

もえびと
現実で言うところのトヨタですな

篠原自動車部品製作所→株式会社 篠原製作所

1946年に改名、この頃から「篠原 一馬かずま」が頭角を表し始めます。

(一馬は遊馬のお父さん)

一馬が活躍し始めた頃に、社名から「自動車」が取り払われました

これは、一馬が自動車部品より、産業ロボット分野の方が後々伸びると判断したことが一つの理由。

1960年半ばには「篠原中央研究所」を設立し、篠原は産業ロボット分野へと参入していくことになります。

この産業ロボット分野こそが、後に「レイバー」と呼ばれる機械たち。

篠原重工株式会社

1980年、篠原一馬が社長となった篠原は、いよいよ「篠原重工」になりました。

ここから国家プロジェクトである「極限作業ロボット」の開発を経て、篠原重工はオートバランサーを製作、レイバー90の開発に繋がります。

株式会社 篠原重工業

1990年12月、篠原は重工作機械メーカーである「飛鳥重機」と「浅川鉄工」を吸収合併し、成長、社名を変更しました。

ここから、初のパトレイバーであるアスカシリーズに繋がっていきます。

その辺の話は次回の記事でしましょう。

まとめ

さて、今回は篠原重工についてお話しました。

ポイント

  • 創業者は遊馬のおじいちゃん
  • 戦後、自動車の部品メーカーとして設立
  • 遊馬の父である一馬の力によりレイバー産業へ参入
  • 吸収合併を行い、巨大な会社となった

まだまだパトレイバーの魅力は伝えきれていません。

気になった方は是非下のリンクから、別の記事もご覧ください。

最後までご覧いただき、ありがとうございました!

 

余談ですが、↓コレマジでオススメです、レイバーの歴史めっちゃ書いてます。

参考文献: 小川 涼,マスターファイル 起動警察パトレイバー 98式イングラム,SBクリエイティブ株式会社,
2021年 初版